ギリシャ語のストレス(強勢アクセント)についてまとめます。
概説
ギリシャ語には、同じ音素で構成され、ストレスの位置が異なる単語がいくつかあります。
- πείρα|経験
- πυρά|火
- χώρος|空間
- χορός|ダンス
- άλλα|他人
- αλλά|しかし
ストレスの置かれた音節(の母音)はやや大きく、長く発音されます。
- πείρα|ピーラ
- πυρά|ピラー
ただし長母音化するわけではなく、わずかな強勢です。
アクセントとストレス
アクセントとは、単語の中に配置されている音の強弱や高低のことを指します。
強弱を表すアクセントのことを強勢(強弱)アクセント(stress accent、ストレスアクセント)と言い、高低を表すアクセントのことを高低アクセント(pitch accent、ピッチアクセント)と言います。
現代ギリシャ語の単語に置かれるアクセントは、強勢アクセントです。
また、強勢アクセントのことはストレスと呼ぶのが通例です。
音節とストレス
単語の中の「音のきこえ方のまとまり」を音節(syllable、シラブル)と言います。
例えば、英単語のappleを音節で分けるとap・pleとなります。「アッ・プル」と音のまとまり二つ分で発音されるためです。
各音節には必ず母音が一つ含まれます。子音だけで音節を構成することはありませんし、一つの音節に母音が二つ以上含まれることもありません。
例えば、英単語のstressに含まれる母音はeの一つだけなので、この単語の音節は一つ、ということになります。
すべての音に母音が含まれる日本語だと「ストレス」が一音節という感じがしないのですが、英語ではこれを一気に、一つ分の音のまとまりとして発音します。
発音区別符号
ストレスの配置はアキュート・アクセントと呼ばれる符号 (´)で表します。強く読む音節の母音の上に置くのがルールです。
猫 | γάτα | ガータ | gata |
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母音から始まる単語の頭にストレスがあり、かつ、大文字で表記する場合には、母音の上ではなく「前」に (´)を置きます。
アンカラ(トルコの首都) | Άγκυρα | アンギラ | Agkyra |
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また、二文字で一つの音を持つ母音(ειやοιで「イ」と読む母音など)にストレスがある場合、記号は二文字目の上に置きます。
言った(一・単) | είδα | イーダ | eida |
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従って、二文字並んだ母音の一文字目に記号が置かれていたら、それは上のような母音ではなく、それぞれ別々の母音ということになります。
高さ | μπόι | ボーイ | boi |
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二文字並んだ母音にストレスがなく、それらが別々の母音であることを明示するためには「分音符号 (¨)」が置かれます。
沿岸の | ακτοπλοϊκός | アクトプロイコース | aktoploikos |
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二文字並んだ母音にストレスが置かれ、かつそれらが別々の母音であることを明示するためには (´)と(¨)の両方が置かれます。
カイーク(小さな帆船) | καΐκι | カイーキ | caique |
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ストレスの配置に関するルール
最後から三番目の音節より前には置かれない
ギリシャ語のストレスは、最後の音節、最後から二番目の音節、最後から三番目の音節のいずれかに置かれます。それより左の音節には置かれません。
二音節以上の単語には、必ずストレスの置かれた音節が含まれる
一音節の単語の場合は、ストレスが置かれるものと置かれないもの、どちらも存在します。
ストレス位置の移動
名詞や形容詞、動詞のような語形変化のある単語においては、上記のルールに従うためにストレス位置の移動が発生します。
名詞
曲用語尾に応じて、ストレス位置が一音節、またはニ音節右に移動することがあります。
ストレスが最後から三番目の音節にある名詞 + 母音を含む語尾
例えば、μάθημαという単語は、辞書形で最後から三番目の音節にストレスがあります。
レッスン、学課 | μάθημα | マーシマ | mathima | [英] lesson, subject |
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単数 | 複数 | |
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主格 | μάθημα | μαθήματα |
属格 | μαθήματος | μαθημάτων |
対格 | μάθημα | μαθήματα |
呼格 | μάθημα | μαθήματα |
上の表のとおり、単数属格とすべての複数形では語尾に母音が含まれ、音節がひとつ増えます。そのため「最後から三番目の音節より前には置かれない」ルールに反しないよう、ストレスの移動が発生することとなります。
しかし、複数属格ではストレス位置が「ニ音節右」に移動しており、これについては以下のルールが適用されています。
ストレスが最後から三番目の音節にある名詞 + 語尾-ου, -ων, -ους, -εις
語尾-ου, -ων, -ους, -ειςをともなう語尾変化では、ストレス位置が「ニ音節右」に移動します。
これは、古代ギリシャ語で上記の語尾が長母音、あるいはふたつの母音を含んでいたことに由来するものです(ωνはオーン、ειςはエイス、のように)。
単数 | 複数 | |
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主格 | δάσκαλος | δάσκαλοι (δασκάλοι) |
属格 | δασκάλου, δάσκαλου | δασκάλων |
対格 | δάσκαλο | δασκάλους, δάσκαλους |
呼格 | δάσκαλε | δάσκαλοι |
ただし、上の表に示したように、一部の単語においてはもとのストレス位置のままでも良いとされます。
この例外が適用されるのは、主に男性・女性名詞-οςタイプ、および中性名詞-oタイプの、日常的によく用いられる単語です。
逆に、特定の文脈においてはより古代の形式に近づけるよう、複数主格形でストレスを右に移動させることもあります(上表のかっこ書き部分)。
その他、名詞のストレスの移動については語形変化表に記載しています。
形容詞
形容詞では原則として、パラダイムを通してストレスの位置が一定に保たれます。
動詞
動詞の場合、ストレスはさまざまに移動します。
まず、名詞と同じように、活用語尾によって「最後から三番目の音節より前には置かれない」ルールに反するときは、ストレスが右に移動します。
- γράφω|書く(辞書形)
- γραφόμουν(α)|私は書かれていた(受動態非完結過去形)
一方、能動態過去時制においては、ストレス位置ができる限り左側に、つまり最後から三番目の音節に置かれることが望ましいとされ、オーグメントの位置まで移動することがあります。
- έγραφα|私は書いていた(能動態非完結過去形)
接語によるストレスの追加
接語(せつご、clitic)とは、統語論上は独立の語だが、音韻論上は他の語に依存している拘束形態素(束縛形態素)である。
接語 - Wikipedia
弱形代名詞などの「接語(ストレスがない語)」を含む句は、音韻的にはひとつの単語であるとみなされます。
- γείτονας μας|私たちの隣人
つまり上記の例の場合、ストレスが「最後から四番目の音節」に置かれているかっこうとなり、ルールに反します。
この現象を解決するため、以下のように「ふたつめのストレス」を追加する決まりとなっています。
ストレスが最後から三番目の音節にある単語 + 弱形代名詞
この構成では「主となる単語の最後の音節」にふたつめのストレスを追加します。
- ο γείτονάς μας|私たちの隣人
- χάρισέ μου το|彼は私にそれをくれた
- απέναντί μας|私たちと向かい合って
ストレスが最後から二番目の音節にある命令形 + 弱形代名詞ふたつ
この構成では「動詞に隣接するほうの代名詞」にふたつめのストレスを追加します。
- δώσε τού το|彼にそれをあげなさい
- φέρε μού τα|それらを私に持ってきなさい
ストレスが最後から二番目の音節にある動名詞 + 弱形代名詞
この構成では「動名詞の最後の音節」にふたつめのストレスを追加します。
- γράφοντάς μου|私に書くこと…
以上のように追加されるストレスは、もとのストレスよりも強いものと扱われます。
区別・明示のためのストレス付与
本来はストレスの置かれない語に対し、品詞や役割を明確にするため、ストレスが付与されるケースがあります。
弱形代名詞の役割の区別
弱形代名詞の属格が動詞の目的語となるとき、これが所有の意味でないことを明示するため、ストレスが付与されることがあります。
- ο πατέρας μού είπε|父は私に言った
- ο πατέρας μου είπε|私の父は言った
定冠詞と弱形代名詞の区別
同じく、定冠詞の属格にもストレスが付与されることがあります。
- ο πατέρας τού τότε πρωθυπουργού|当時の首相の父
- ο πατέρας του|彼の父
音節とストレスに関する用語
英語の教材を用いてギリシャ語を学習していると、本ページにも登場した「最後の音節」とか「最後から三番目の音節にストレスがある単語」など、音節とストレスに関する以下のような用語が頻繁に登場します。
日本語 | 英語 | 読み方 |
---|---|---|
音節 | syllable | シラブル |
最後の音節 | ultima | ウルティマ |
最後の音節にストレスがある語 | oxytone | オクシトーン |
最後から二番目の音節 | penult | ピーナルトゥ(米) ペナルトゥ(英) |
最後から二番目の音節にストレスがある語 | paroxytone | パロクシトーン |
最後から三番目の音節 | antepenult | アンテピーナルトゥ |
最後から三番目の音節にストレスがある語 | proparoxytone | プロパロクシトーン |
例えば「oxytone nouns(最後の音節にストレスがある名詞)」とか「antepenultimate rule(『最後から三番目の音節』のルール)」のような感じで用いられます。あまり馴染みがない英単語ですが、覚えておくと学習に役立つかもしれません。
高低アクセント(ピッチ)
現代ギリシャ語のアクセントは全てストレスであり、高低アクセントはありません。
高低アクセントと言えば日本語です。「橋」と「箸」のように、単語の中で「高く発音する音節」が変わることで意味まで変わってしまう単語が多くありますし、また、高低アクセントは方言の要素のひとつでもあります。