単語内、形態素の連接部に発生する異化現象についてまとめました。
概説
ディモティキの体系に従った語彙においては、無声摩擦音の連続や無声破裂音の連続が避けられ、ひとつの摩擦音とひとつの破裂音とに変換(異化)されます。
- φθηνός, φτηνός|安い、安価な
- χθες, χτες|昨日
- επτά, εφτά|7(数詞)
- κτήμα, χτήμα|農場、土地
- άσχημος, άσκημος|醜い
上のような特定の子音群を含む単語には「ふたつの語形」が存在することとなり、状況や立場、または個人の好みによって適宜選択されます。カサレヴサ由来の(つまり無声摩擦音や無声破裂音の連続を含む)語形のほうがフォーマルなものです。
異化現象は、ひとつの単語内だけでなく、接辞との連接部にも発生します。例えば動詞の完結語幹をつくるときにあれこれと綴りを変えなくてはいけない理由も、これの影響によるものです。
完結語幹形成の流れとあわせ、望ましい組み合わせをもたらす異化のルールよっつを下記にまとめていきます。
/s/ + 別の摩擦音
摩擦音/s/と別の摩擦音で構成される子音群は、並びの順序を問わず/s/でないほうが破裂音に変換されます。
まず、τρέχω(走る)の能動完結語幹の形成を例に挙げます。
- τρέχ-ω|現在形(非完結語幹)
- τρέξ-ω|従属形(能動完結語幹)
能動完結語幹は、もとの語幹に「接辞/s/」を加えることで形成されます。つまり/trex-o/→/trex-s-o/が本来の音なのですが、ここで/s/と摩擦音が連続してしまっています。
したがって/s/でないほう、つまり/x/が接辞と異化し、対応する破裂音/k/に変化して/treks-o/→τρέξ-ωとなるわけです。
もうひとつの例です。
- κλέβ-ω|盗む・現在形(非完結語幹)
- κλέψ-ω|従属形(能動完結語幹)
/klev-o/→/klev-s-o/で/s/と摩擦音が連続するので、いったん/v/は対応する破裂音/b/に変化し、/kleb-s-o/となります。
ただし、同化の規則に従って/b/は無声化して/p/となり、最終的に/kleps-o/→κλέψ-ωという語幹が形成されることとなります。
受動完結語幹の形成にも、同様の規則が適用されます。
- χτίζ-ω|建てる・現在形(非完結語幹)
- χτιστ-ώ|従属形(受動完結語幹)
受動完結語幹は、もとの語幹の末尾に「接辞/θ/」を加えることで形成されます。つまり/xtiz-o/→/xtiz-θ-o/の流れです。
摩擦音の連続を回避するため、/s/の異音である/z/でないほうの/θ/は、対応する破裂音である歯茎破裂音/t/に変化します。
/t/に先行する子音/z/は同化の規則によって無声化し、/xtiz-t-o/→/xtist-o/となっておしまいです。
摩擦音 + 摩擦音→摩擦音 + 破裂音
/s/以外の摩擦音で構成される子音群は、ふたつめの摩擦音が破裂音に変換されます。
- γράφ-ω|書く・現在形(非完結語幹)
- γραφτ-ώ|従属形(受動完結語幹)
/ɣraf-θ-o/→同化の規則で/θ/が/t/に変換され、最終的に/ɣraft-o/となります。
破裂音 + 破裂音→摩擦音 + 破裂音
ふたつの破裂音で構成される子音群は、ひとつめの破裂音が摩擦音に変換されます。
- πλεκτός|古代ギリシャ語由来のフォーマルな「ニットの、編まれた」
- πλεχτός|口語的な、日常的な「ニットの、編まれた」
破裂音 + 摩擦音→摩擦音 + 破裂音
上みっつのルールにみられるように、異化の結果は摩擦→破裂の順になることが望まれます。
したがって、破裂音 + 摩擦音の順で構成される子音群は、次のように変換されることとなります。
- μπλέκ-ω|関係する・現在形(非完結語幹)
- μπλεχτ-ώ|従属形(受動完結語幹)
まず/blek-o/に接辞/θ/が加わり、いったん/blek-θ-o/となります。
破裂音/k/と摩擦音/θ/がそれぞれ、対応する摩擦音/x/と破裂音/t/に変わり、最終的に形成される音は/blex-t-o/となります。