ギリシャ語の名詞は「格」によって語形が変化します。格とは名詞などの「文中での役割」のことで、「主格・属格・対格・呼格」の4種類があります。
概説
4つの格の主な役割
それぞれ多くの用法がありますが、主な役割は以下のとおりです。
- 主格:主語「…は」 / 主語を説明する補語
- 属格:動詞の間接目的語「…に」 / 他の名詞に従属する「…の」
- 対格:動詞の直接目的語「…を」 / 前置詞のあと
- 呼格:呼びかける「…よ」
一致(呼応)
名詞の役割に応じ、ともに名詞句を構成する単語(形容詞・限定詞・冠詞・数詞・代名詞)も適切に語形を揃えなくてはいけません。
- S(主格)-V-C(主格)
冠詞+名詞 - 動詞 - 形容詞+名詞
Ο Πέτρος είναι καλός τραγουδιστής.
ペトロスは良い歌手だ。
Peter is a good singer.
- S(省略)-V-O(対格)
動詞 - 冠詞+名詞+名詞
Θέλω ένα ποτήρι κρασί.
私はワインをグラス一杯飲みたい。
I want a glass of wine.
- S(省略)-V-O(対格+属格)
動詞 - 冠詞+名詞+名詞
Θέλω ένα ποτήρι κρασιού.
私はワインを飲むためのグラスをひとつほしい。
I need a wine glass.
語順は柔軟
格変化が複雑な分、英語などと比べると語順の制約はゆるめです。
英語の場合、名詞(名詞句)の文中における役割(主語S、目的語O…)は主に「語順」によって示されます。
なので、以下のように名詞の位置を入れ替えると、文の意味は変わってしまいます。
- S-V-O
Mary loves Peter.
マリアはペトロスを愛している。 - S-V-O
Peter loves Mary.
ペトロスはマリアを愛している。
一方、ギリシャ語では「マリアが主語S・ペトロスが目的語O」であることを「語形(主格・対格)」で明確に示すことができますので、名詞を入れ替えても意味は変わりません。
- S-V-O
H Μαρία αγαπάει τον Πέτρο.
マリアはペトロスを愛している。 - O-V-S
Tον Πέτρο αγαπάει η Μαρία.
マリアはペトロスを愛している。
さらに、動詞の位置すらフレキシブルです。
- S-O-V
Η Μαρία τον Πέτρο αγαπάει.
マリアはペトロスを愛している。 - V-O-S
Αγαπάει τον Πέτρο η Μαρία.
マリアはペトロスを愛している。 - V-S-O
Αγαπάει η Μαρία τον Πέτρο.
マリアはペトロスを愛している。
ただし、あくまで「文の構成素」が入れ替え可能(S-V-O, V-S-O…)なのであって、次のように「冠詞+名詞」の順などを変えるのは誤りです。
- Μαρία η αγαπάει Πέτρο τον. (これは誤り)
主格
最も基本的な格。名詞の「辞書に載っている語形」は「単数主格形」です。
主語
文の主語は、もちろん主格になります。
- H Μαρία αγαπάει τον Πέτρο.
マリアはペトロスを愛している。
Mary loves Peter.
- Tον Πέτρο αγαπάει η Μαρία.
マリアはペトロスを愛している。
Mary loves Peter.
主語と同じ対象を指す述語(補語)
英語の第二文型S-V-Cの補語Cに相当する部分、つまり「主語を説明する、主語とイコールになる述語」として用いられる名詞は、主格になります。
- Ο Γιάννης είναι γιατρός.
イアニスは医者だ(イアニス = 医者)。
John is a doctor.
- Αυτό το βιβλίο χρησιμεύει για οδηγός.
この本はガイドになる(本 = ガイド)。
This book serves as a guide.
表題、地名などを明示する部分
「表題や地名などを明示するための名詞」は、対象の名詞の格が属格や対格であったとしても、独立して主格になります。
ちょっとわかりづらいので、以下の例をご参照ください。
- ο συγγραφέας του μυθιστορήματος Το τρίτο στεφάνι
小説『三度目の結婚式』の作者
the author of the novel The Third Wedding
対象の名詞(小説の)は属格ですが、その表題(『三度目の結婚式』)の部分は主格になっています。
- στο χωριό Άσσος
アソス(という)村に
in the village Assos
対象の名詞(村に)は対格ですが、その村の名前(アソス)は主格になっています。
慣用表現
上の例とすこし似ていますが、句全体の格に関わらず、慣用表現的に主格を用いる場合があります。代表的なのは、時刻の表現における「…時ちょうど」の部分など。
- στις τρεις η ώρα
三時ちょうどに(全体は対格)
at three o’clock
対格
対格は、主格と同じく主に構文上の役割を持ちます。属格にも一部そのような役割がありますが、他の単語を補足、修飾することのほうが多いです。
また、女性・中性名詞で対格は主格と同じ語形となります。
以上のことから、属格より先に対格を学ぶほうが後の理解に役立つかなと思い、本ページではこの順番でまとめています。
動詞の直接目的語
動詞の直接目的語(…を)は対格になります。英語の第三文型S-V-O、第四文型S-V-O-OのふたつめのOに相当。
なおギリシャ語では、目的語が代名詞の場合、動詞より前に置くのが一般的な語順です。
- Η αστυνομία έπιασε τον κλέφτη.
警察は泥棒をつかまえた。
The police caught the thief.
- Η αστυνομία τον έπιασε.
警察は彼をつかまえた。
The police caught him.
- Τον έπιασα.
私は彼をつかまえた。
I caught him.
下記の青字は間接目的語で、こちらは属格。
- Μου έδωσε ένα κολιέ.
彼は私にネックレスをくれた。
He gave me a necklace.
英語では「第四文型の直接目的語には代名詞を用いない」と習いましたが、これはギリシャ語でも同様です。
- (あまり用いられない構文)
To έδωσε της Κατερίνας.
彼はキャサリンにそれをあげた。
He gave Catherine it.
この場合、間接目的語のほうを前置詞句(前置詞 + 対格)に書き換えます。英語の第四→第三文型への書き換えと同じイメージですね。
- To έδωσε στην Κατερίνα.
彼はキャサリンにそれをあげた。
He gave it to Catherine.
目的語を説明する名詞(補語)
英語の第五文型S-V-O-Cの補語Cに相当する部分、つまり動詞の目的語(対格)を説明する単語も対格になります。
- Η Μαρία τον θεωρεί φίλο της.
マリアは彼を友達と思っている。
Maria considers him her friend.
- Βρήκα τον πατέρα μου καθισμένο στην πολυθρόνα.
私は父が椅子に座っているのを見た。
I found my father seated in the armchair.
前置詞のうしろ
一部の前置詞は名詞の属格をともないますが、原則として前置詞のうしろは対格です。
- Η Μαρία είναι από την Αθήνα.
マリアはアテネから来た(アテネ出身だ)。
Mary is from Athens.
- To έδωσε στην Κατερίνα.
彼はキャサリンにそれをあげた。
He gave it to Catherine.
副詞的に使用される名詞
名詞(句)が副詞的に用いられるときにも、対格となります。
空間や時間の隔たり
- Έτρεξα δυο χιλιόμετρα.
二キロ走った。
I ran two kilometres / kilometers.
- Kράτησε ένα μήνα.
それは一ヶ月続いた。
It lasted a month.
ある時点
- νύχτα
夜に
at night
- τη νύχτα
夜じゅう、夜の間
during the night
- την Τρίτη το πρωί
火曜日の朝に
on Tuesday morning
- τον Μάρτιο
三月に
in March
- τον χειμώνα
冬に
in winter
割合・率
- χίλια δολάρια τον τόνο
一トンにつき千ドル
thousand dollars a ton
- τριάντα χιλιόμετρα την ώρα
一時間あたり三キロメートル
thirty kilometres per hour
長さ(距離)
- ένα ξύλο δέκα πόντους μακρύ
長さ10センチの棒
a stick ten centimetres long
- ένα ξύλο δέκα πόντους μήκος
長さ10センチの棒
a stick ten centimetres (in) length
目標、目的
- Πήγα περίπατο.
私は散歩に行った。
I went for a walk.
- Θα πάμε εκδρομή.
私たちは遠足に行く予定だ。
We’ll go on an excursion.
場所、場所への移動
- Πάω σχολείο.
私は学校に行く。
I’m going to school.
- Πάω σινεμά.
私は映画(を観)に行く。
I’m going to the cinema.
- Είμαι σπίτι.
私は家にいる。
I’m at home.
慣用表現(同じ名詞をふたつ重ねる)
- χέρι χέρι
手を取り合って
hand in hand
- στάλα στάλα
一滴ずつ、少しずつ
drop by drop - τοίχο τοίχο
壁にそって
along the wall
- γιαλό γιαλό
海岸づたいに
along the shore
名詞と名詞の間に冠詞(対格)が入る表現もあります。
- Χρόνο τo χρόνο γερνάμε.
私たちは年々歳をとる。
We get older year by year.
- Τρώει ήσυχα, μπουκιά την μπουκιά
彼は丁寧に、ひとくちずつ食べる。
He eats gently, mouthful by mouthful.
前置詞が入ることも。
- Βελτιώνεται μέρα με τη μέρα.
彼は日々成長している。
He is improving day by day.
…に関して言えば
適切な用語が思いつかないのですが、英語のbyを用いた「…に関して言えば」の表現に相当します。ただし英語と異なり、定冠詞をともないます。
- Είναι γιατρός το επάγγελμα.
彼は医者だ(彼は職業に関して言えば医者だ)。
He is a doctor by profession.
- Ήρθε ένας χωριανός, Νίκος το όνομα.
ニコスという名の村人が来た。
A villager came, Nikos by name.
- Είμαι Ελληνίδα την καταγωγή.
私はギリシャ系です。
I’m Greek by descent.
属格
名詞の属格は、それが動詞に従属するか、動詞以外(主に名詞)に従属するかで役割が大きく異なります。
動詞に従属する場合は主に「間接目的語」となり、他の品詞に従属する場合は、その単語を「説明、補足」する役割を果たします。後者の代表的な用法のひとつが「所有」です。
動詞の間接目的語
動詞に従属する属格は主に「間接目的語」としての役割を持ちます。英語の第四文型のS-V-O-Oの、ひとつめのOに相当。
- Μου έδωσε ένα κολιέ.
ム エドセ エナ コリー
彼は私にネックレスをくれた。
He gave me a necklace.
- Της είπα τα νέα.
私は彼女にそのニュースを伝えた。
I told her the news.
- Πιάσε μου το αλάτι.
(私に)塩をください。
Get me the salt.
主語が「もの」となる動詞の目的語
文法上の主語が「もの」、意味上の主語が「人」となるような動詞の一部は、目的語に属格をとります。
代表的なのは「ものは人を喜ばせる→人はものが好き, I like」のフレーズです。
- Δεν μου αρέσει αυτό το κρασί.
私はこのワインを好まない(直訳だと「このワインは私を喜ばせない」となる)。
I don’t like this wine.
- Σου πάει αυτή η φούστα.
そのスカートはあなたに似合う。
This skirt suits you.
- Δύσκολο μου φαίνεται.
私には難しいようです。
It seems (like) difficult to me.
所有
以下は、動詞以外に従属する属格の用法です。
代表的なのはこの「所有」で、英語の所有格に相当します。語順は英語と逆で「対象の名詞+所有を表す名詞の属格」となります。
- το σπίτι🏡 της Λουκίας👧
ルーシーの家
Lucy’s👧 house🏡
- το σπίτι🏡 της👧
彼女の家
her👧 house🏡
ただし、特に所有の意味を強調したい場合は、属格の部分が前に来ます。
- της Λουκίας👧 το σπίτι🏡
(他の誰のものでもなく)ルーシーの家
Lucy’s👧 house🏡
「所有の対象の名詞」は、言わなくても明らかな場合、省かれることもあります。
- Αυτό το παλτό μοιάζει με (παλτό) του Γιάννη.
このコートはイアニスの(コート)に似ている。
This coat looks like John’s (coat).
- Πήγα στου Γιάννη.
私はイアニスのところ(家など)に行った。
I went to John’s (house).
- Θα πάρω των δώδεκα.
私は12時の(電車、バスなど)に乗るつもりだ。
I’ll take the twelve o’clock (’s bus, train...).
…の
以下にいろいろ分類していますが、日本語では主に「…の」と訳される、英語のofを用いた表現と似たものです。
対象の場所や時間、原因
- η Μάχη της Κρήτης
クレタ島の戦い
the Battle of Crete
- οι Έλληνες του δέκατου ένατου αιώνα
19世紀のギリシャ人
the Greeks of the nineteenth century
- η πίκρα του χωρισμού
別れの悲しみ
the sorrow of parting
入れ物の用途
- ένα ποτήρι του κρασιού
ワイン(の)グラス
※「グラス一杯のワイン」ではなく、あくまで「ワイン用のグラス」の意味です(後述)。以下も同様。
a wine glass
- φλιτζάνι καφέ
コーヒー(の)カップ
coffee cup
- φλιτζάνι τσαγιού
ティーカップ(紅茶のカップ)
tea cup
- το κουτί των τσιγάρων
たばこ(の)箱
the cigarette box
詳細、特定
- ένας καθηγητής της φιλολογίας
文学の教師
a literature teacher
- γυαλιά ηλίου
サングラス
sun glasses
- φακοί επαφής
コンタクトレンズ
contact lenses
種類、品質
- χυμός πορτοκαλιού
オレンジジュース
orange juice
- χυμός πορτοκαλιού πολυτελείας
高級なオレンジジュース
luxury orange juice
- παγωτό σοκολάτας
チョコレートアイスクリーム
chocolate ice cream
- αεροπλάνο άλλου τύπου
別のタイプの飛行機
aeroplane (airplane) of another type
- συζητήσεις υψηλού επιπέδου
レベルの高い議論
high-level discussions
年齢
- To παιδί μου είναι τριών χρονών.
私の子どもは三歳です。
My child is three years old.
構成、所属
- μια παρέα εννέα γυναικών
九人の女性のグループ
a group of nine women
部分と全体
- μια μεγάλη μερίδα του λαού
人々の大部分
a large portion of the people
グラス一杯のワインと「同格」表現
英語で「グラス一杯のワイン」はa glass of wineと表しますが、ギリシャ語ではこのような表現に属格を用いません。前にまとめたように、入れ物の後ろに置かれる中身の属格は、その入れ物の「用途」を示します。
- Θέλω ένα ποτήρι κρασιού.
私はワイングラス(ワインを飲むためのグラス)が欲しい。
I want a wine glass.
ギリシャ語で「グラス一杯のワイン」は、シンプルに「一杯の+グラス+ワイン」と単語を並べて表します(以下の場合は目的語なので対格形)。
- Θέλω ένα ποτήρι κρασί.
私はワインを一杯飲みたい。
I want a glass of wine.
また、文脈上「一杯」か「一本」かを明確にする必要がなければ、入れ物無しで「ひとつのワイン」と表すこともできます。
- Θέλω ένα κρασί.
私はワインを一杯(一本)飲みたい。
I want a glass (bottle) of wine.
二杯以上の場合は、入れ物を複数形に、中身はそのまま単数形とするのが一般的な言い方です。
- Θέλω δύο ποτήρια κρασί.
私はワインを二杯飲みたい。
I want two glass of wine.
でも、入れ物を言わないパターンでは、中身を複数形にします(ふつう、ワインや水、ビールなどは不可算名詞として単数形を用いますが、このような表現においては複数形もありとされます)。
- Θέλω δύο κρασιά.
私はワインを二杯(二本)飲みたい。
I want two glass (bottle) of wine.
このことについてもう少しだけ、文法的な補足です。先ほどの例文を再掲しますが、下記の「グラス」と「ワイン」は「同格」であるとみなされます。
- Θέλω ένα ποτήρι κρασί.
私はワインを一杯飲みたい。
I want a glass of wine.
同格(どうかく、Apposition)とは、一方が他方を定義するか修飾する2つの要素(通常名詞句)が並んでいる文法上の構造のこと。同格法が使われた時、2つの要素は「〜と同格」と言われる。たとえば、「私の友人アリス(my friend Alice)」という句では、「アリス」という名前は「私の友人」と同格である。
Wikipedia - 同格
「グラス」と「ワイン」の関係は、引用のような修飾・非修飾の関係とちょっと違う気もしますが、ギリシャ語においては「入れ物」と「中身」は同格法で表すものであり、単にふたつの単語を並置すれば良いわけです。
これに関連して、先に「種類、品質」にまとめた表現も、属格を用いず単にふたつの名詞を並置して表すことがあります。
まず、属格を用いる例の再掲です。
- χυμός πορτοκαλιού
オレンジジュース
orange juice
- παγωτό σοκολάτας
チョコレートアイスクリーム
chocolate ice cream
これらを「グラスにワインが入っている」のと同じように「ジュースにオレンジが入っている」や「アイスにチョコが入っている」ものとして、同格で表すこともできます。むしろ日常的にはこっちのほうが多いかもしれません。
- χυμός πορτοκάλι
オレンジジュース
orange juice
- παγωτό σοκολάτα
チョコレートアイスクリーム
chocolate ice cream
呼格
呼格は、人に呼びかけるときに用います。
- Έλα, Πέτρο!
ペトロス、来て!
Come on, Peter!
名詞を伴わず、形容詞の呼格だけを用いることもできます。
呼格を用いた表現では、間投詞ρεやβρεがいっしょに用いられることもあります。hey!とかyou!のような感じの言葉です。
- Σώπα, ρε Γιάννη!
静かにして、イアニス!
Be quiet, John!
また、相手の名前を言わず、例えば以下のように、形容詞の呼格を用いて言葉を投げかけることもできます。
- Βρε ηλίθιε!
なんて愚かな!
You imbecile!
ただし、ρεやβρεの使用は、親しい間柄でなければ無礼と捉えられることもあるでしょう。