ギリシャ語において、パラダイム(の名称)としての「能動態・受動態」と、動詞が示す「文法カテゴリーとしての態」は必ずしも一致しません。
受動態(-ομαι, -εσαι, -εται…)の語形は「受身」以外にもさまざまな意味を示します。本ページでは、これらの語形が示す主な意味と用法についてまとめていきます。
概説
ギリシャ語の動詞の多くは、二種類の語形変化のセット(パラダイム)を持ち、それぞれが次のような意味を示します。
- -ω, -εις, ει…など
- 能動的な動作(動詞の主語による動作)
- -ομαι, -εσαι, -εται…など
- 受動的な動作、受身(動詞の主語が受ける動作)
- 可能性、許可
- 再帰的な動作(自分自身に行う動作)
- 相互的な動作
- 能動的な動作
一般的に、ひとつの動詞は両方のパラダイムを持ち、-ω…は能動的な動作を、-ομαι…は対応する受動的な動作を示します。
- γράφω(書く)
- γράφομαι(書かれる)
パラダイムが示す主な意味にならい、-ω…は「能動態」、-ομαι…は「受動態」と呼ばれています。
しかし、上にまとめたとおり、-ομαι…は「受身」以外を示す場合もあり、パラダイムの名称と実際の意味との相関が成り立たないことも少なくありません。
- έρχομαι(来る)
- 語形は受動態、意味は能動態
- (パラダイムとしての)能動態をもたない
受身
文字通り「受身」の意味を示す受動態は「直接目的語をとる他動詞の能動態」の対となって表れます。
- προδίδω(…を裏切る)
- πρόδωσε(三人称単数・完結過去形)
- προδίδομαι(裏切られる)
- προδόθηκαν(三人称複数・完結過去形)
Ο Εφιάλτης πρόδωσε τους Σπαρτιάτες.
エフィアルテスはスパルタ人を裏切った。
Ephialtes betrayed the Spartans.
受動態の文に書き換えるとき、能動態における主語は省略されるか、απόではじまる前置詞句で表されます。
Οι Σπαρτιάτες προδόθηκαν από τον Εφιάλτη.
スパルタ人はエフィアルティスに裏切られた。
The Spartans were betrayed by Ephialtes.
フォーマルな文脈において
受身を示す受動態は、フォーマルな、科学的な、あるいはジャーナリスティックな文脈において、特に動作の主体が問われない場合によく用いられます。
Θεωρείται απαραίτητο να διεξαχθούν συζητήσεις.
議論が行われることは不可欠であると考えられる。
It is considered essential that discussions be conducted.
受け手の強調
受動態は「能動態の直接目的語を強調する」ために用いられることもあります。
Ο κόσμος δεν θεωρεί τους πολιτικούς έντιμους.
国民は政治家を正直であると思っていない。
People do not consider politicians honest.
Οι πολιτικοί δεν θεωρούνται έντιμοι (από τον κόσμο).
政治家は(国民から)正直であると思われていない。
Politicians are not considered honest (by people).
ただし、ギリシャ語では受動態への書き換えに頼らず、対応する能動態の目的語を文の主題とする方法があります。
英語のas for…に相当する表現で、目的語に対応する弱形代名詞の対格形を加えてつくります。また、任意で目的語(句)を文頭に移動させることができます。
たとえば「雇用主がニコスを解雇する」という話題において、目的語のニコスに着目するため受動態を用いるのもありですが、
Ο Νίκος απολύθηκε χθες.
ニコスは昨日解雇された。
Nick was fired yesterday.
次の構文によって、能動態のまま「ニコス」を主題化することも可能です。
To Νίκο τον απολύσανε χθες ενώ.
ニコスに関して言えば、彼らは昨日彼を解雇した。
As for Nick, they fired him yesterday.
可能性、許可
現在時制の受動態は、能動態の目的語(次の例文では不特定多数)にとっての可能性や許可の意味を示すことがあります。
To φαΐ αυτό δεν τρώγεται.
この食べ物は食べられない。
→この食べ物は(不特定多数にとって)食べることができない。
This food is not eaten.
→This food is not edible.
再帰的な動作
能動態の文において、再帰的な(自分自身に対する)動作は、目的語の位置にεαυτός μου…(myself…に相当)などの対格形を置くことで表されます。
Κοίταξε τον εαυτό της στον καθρέφτη.
彼女は自分自身を鏡で見た。
She looked at herself in the mirror.
ですが、一部の動詞、特に身体のケアに関する動詞は、受動態そのものが再帰の意味を示します。
例えば、ντύνωという動詞は「誰かに服を着せる」という意味で、対応する受動態ντύνομαιは「自分自身に服を着せる・与える」→「服を着る」の意味となります。
Ντύνομαι.
私は服を着る(自分自身に服をあたえる)。
I dress (myself).
ほかにもετοιμάζω(何かの準備をする)→ετοιμάζομαι(自分自身の準備をする、身支度をする)や、λούζω(何かを洗う)→λούζομαι(自動詞として:髪を洗う)などの動詞があります。
ただし、これらの受動態はほかの意味をあわせ持つことがあります。再帰的な意味を明確にする場合、強意の形容詞μόνος + 弱形代名詞で表します。
Ντύνομαι μόνη μου.
私は服を着る(自分自身に服をあたえる)。
I dress myself.
相互的な動作
能動態の文において動作の相互性を表すには、たとえばο ένας τον άλλο(お互いに)などを用います。
Ο Τάκης και η Όλγα αγαπούν πολύ ο ένας τον άλλο.
タキスとオルガはお互いをとても愛している(愛し合っている)。
Takis and Olga love each other very much.
ですが、再帰とおなじく、一部の動詞は受動態そのものが相互性を示します。
上の例文で用いたαγαπάω(愛する)の受動態αγαπιέμαιは、単に受身(愛される)を表すこともありますが、特に主語が複数であるとき、相互的な動作(愛し合う)の意味で用いることができます。
Ο Τάκης και η Όλγα αγαπιούνται πολύ.
タキスとオルガはお互いをとても愛している(愛し合っている)。
Takis and Olga love each other very much.
能動的な動作
能動態の語形を持たず、受動態の語形で能動的な意味を示す動詞もあります。これらは異態動詞、あるいは能動欠如動詞, deponent verbと呼ばれます。
Η Ελένη φοβάται το σκοτάδι.
エレニは暗がりを恐れている。
Helen is afraid of the dark.
Όταν έρχομαι στην Αθήνα κουράζομαι πολύ.
アテネに来るたび、とても疲れる。
Whenever I come to Athens I get very tired.